大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)5209号 判決

原告

倉田廣子

右訴訟代理人

土橋頼光

被告

日本住宅公団

右代表者

福島茂

右訴訟代理人

大橋弘利

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告の求めた裁判

1  主位的請求

(一) 被告は原告に対し、別紙物件目録(三)記載の土地上に設置されているコンクリート擁壁、鉄柵、土堤及びその他通行の妨害となる物件を除去し、右土地部分に道路を開設せよ。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  予備的請求

(一) 被告は原告に対し、原告が、別紙物件目録(四)記載の土地上に設置されているコンクリート擁壁、鉄柵、土堤及びその他通行の妨害となる物件を除去し、右土地部分に通路を開設して右通路を通行することを認めよ。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

二  被告の求めた裁判

主文と同旨

第二  当事者の主張(主位的請求について)

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地(一)」という。)を所有している。

2(一)  昭和三三年以前においては、本件土地(一)の北側には別紙図面(一)記載のように二本の区道(以下「区道(一)及び区道(二)」という。)が接面し、原告は両区道を通行使用していたものであるところ、被告は、昭和三三年ころいわゆる赤羽台団地を建設するに際し一方的に同図面(二)記載のように、区道(二)を事実上廃道とし、また、別紙物件目録(三)記載の土地上の、本件土地(一)の西北側に高さ約二メートルのコンクリート擁壁を築き、その上に鉄柵を設置し、更に右擁壁の西北側に盛土をして土堤を築き、よつて区道(一)を行き止まりの袋小路としたばかりか、区道(二)に接する本件土地(一)を所有していた原告が区道(二)を通行することを妨害し、もつて原告の本件土地(一)に対する完全な所有権行使を妨害した。

なお被告は、区道(二)の西側七、八メートルのところに別紙図面(二)(三)に各記載のあるような新道路を開設したが、前記コンクリート擁壁等があるため、原告は右新道路に出ることができない。

(二)  区道(一)は幅員一メートル余の急傾斜の坂道であるので自動車の通行はできず、また付近には区道(一)方面から右新道路に出る道路がないため、原告は非常な不便を感じている。

3  よつて原告は被告に対し、所有権及び区道通行権に基づき請求の趣旨記載1(一)の判決を求める。〈中略〉

第三  当事者の主張(予備的請求について)

一  請求原因

1  原告は本件土地(一)を所有しており、その土地上に将来建物を建築する予定である。

2  本件土地(一)は、区道(一)及び本件土地(二)に接しているが、そのほかの周囲は数メートルの段差のある崖地となつている。そして区道(一)の東南側が崖で狭くなつているため、区道(一)は、幅員が実際には約1.5メートル位しかなく、自動車の出入りも不可能であり、また建築基準法四三条の要件も充足しない状況であるから、結局区道(一)の存在をもつて本件土地(一)が公路に通ずるものとはいえず、従つて本件土地(一)は民法上の袋地に該当する。

3  被告は本件土地(二)を所有しているものであるが、原告が公路に出入りするためには別紙図面(二)(三)各記載の新道路に至るべく被告の右所有地上(別紙物件目録(四)記載の土地部分)に通路を開設することが必要であるとともに、本件土地(一)の囲繞地の所有者にとつても右方法が最も被害の少ない方法である。というのも、右(四)の土地部分は土堤、芝生であるのに対し、本件土地(一)が区道(一)と接している部分以外のところ(東、南部)はいずれも四、五メートルの崖となつており、その下には人家が建ち並んでいるからである。

4  よつて原告は被告に対し、囲繞地通行権に基づき請求の趣旨記載2(一)の判決を求める。〈中略〉

理由

一主位的請求について

1  原告が本件土地(一)を所有していること、被告は昭和三三年ころその所有にかかる本件土地(二)上に赤羽台団地を建設し、その際ほぼ別紙図面(二)記載の形状のコンクリート擁壁を築き(位置、高さ、距離の詳細な点は除く。)、その上に鉄柵を設置したこと、被告がほぼ右図面記載の位置に新道路を開設したこと、右擁壁等に妨げられて原告が本件土地(一)からその主張にかかる区道(二)の部分及び右新道路へ出入りすることができないことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  原告は、右擁壁等によつて本件土地(一)から公道である区道(二)への出入りを妨害することは原告の所有にかかる右土地の所有権の妨害であり、また区道通行権の侵害である旨主張する。

しかしながら、〈証拠〉を総合して判断すれば、区道(二)は旧東京市道であつたが、昭和一四年八月一〇日東京市告示第四六七号をもつて市道の路線の認定を廃止されたことが認められ、他に反証はない。なお原告は右廃止手続は法令に反する無効の行政処分である旨主張するが、本件全証拠によるもこれを窺うに足りない。

更に、〈証拠〉によれば、右擁壁等の設置がなされた昭和三三年ころには、既に区道(一)と区道(二)との間に段差があり、かつ鉄条網による柵が設置されていたため、区道(一)から区道(二)へ通り抜けることはできず、また区道(二)は通路の形状を呈してはいなかつたこと、付近住民は区道(一)のみを通行使用し、区道(二)は通行使用していなかつたことが認められ、右事実に、原告が本件土地(一)の所有権を取得した昭和三八年ころには既に前記コンクリート擁壁等が設置されていたという当事者間に争いのない事実を加えて考えれば、なるほど原告が区道(二)の部分及び新道路へ出入りできないことは本件土地(一)の使用にあたり利便を欠くであろうことは認められるものの、原告が本件土地(一)の所有権を取得する以前から、区道(二)につき路線認定廃止処分がなされ、しかも区道(二)自体通路としての機能を果たしていない状態にあつたのであるから、結局、被告が前記コンクリート擁壁等を設置したことをもつて直ちに本件土地(一)の所有権に対する妨害と認めるに由なきものというべく、また区道通行権なる権利を肯認する実定法上の根拠は存しない。

3  従つて、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求は失当として棄却を免れない。

二予備的請求について

1  原告が本件土地(一)を、被告が本件土地(二)をそれぞれ所有していることは当事者間に争いがない。

そこで、原告主張の囲繞地通行権の成否につき判断する。

2  検証の結果によれば、本件土地(一)は、現在空地であり、別紙図面(一)記載のとおり概ね三角形の形状を呈し、その北西側の一辺約三〇メートルを区道(一)に接し(なお西側において約一、二五メートル本件土地(二)のコンクリート擁壁に接し)ているほか、南部及び東部の二辺はいずれも他人の所有地とその境を接し、右南及び東の各境界付近は非常に段差のある崖地となつていること、崖下には(殊に東側崖下では接着して)人家が密集していることが認められる。

右状況からみると、本件土地(一)は、確かにその二方(西側一、二五メートルの部分も入れれば三方)において他人の所有地に囲まれているが、しかし、その北西側は約三〇メートルにもわたつて公路たる区道に接しているのである。

ところで、民法二一〇条が囲繞地通行権の生ずる要件として「公路ニ通セサルトキ」とするのは、ある土地が他の所有地に囲繞せられた結果、右土地の所有者が、本来は何人も自由に通行しうる公路を充分利用し難くなつた場合のために右要件を定めたものであつて、即ちその主眼は、ある土地の使用上の便益性一般を高めるためにあるのではなく、何人にも公路を利用する機会を充分与えること(そしてそのため隣接所有者間に互助互譲を求めること)にあるものと解するのが相当である。

右の見地からみると、本件土地(一)は、前叙のようにむしろ公路そのものに充分接しているのであるから、そこに囲繞地通行権の生ずる余地はないものというべきである。

3 仮に、囲繞地通行権は、右の場合にとどまらず、当該土地にとつて、右公道の通行のみでは、社会的客観的にみて右土地の利用上甚だ不充分な場合にも生じうると解するとしても、本件の場合、本件土地(一)は元来前叙のように、区道(一)のみを通行して達しうる行き詰りの箇所に存する土地であつて、原告はこれを充分承知して買い受けたものであること、また〈証拠〉を総合すると、右区道(一)は、元来幅員三メートル位であつたが、路肩のくずれや建造物の設置により現在は幅員約一、二〇から一、八〇メートル(但し入口部分は二、六五メートル)となつているものの、付近住民は従前よりこれを利用しており、しかも本件土地(一)の辺から国電赤羽駅ないし駅前商店街に行くためには別紙図面(三)の新道路を利用するよりも右区道を利用した方が遙かに便利であると認められること等の諸点に照らすと、社会的客観的にみて、右区道(一)の通行のみでは、本件土地(一)の用法にそつた利用が甚だ不充分であるとは、未だ到底認め難いところである。

原告は、右の点に関し、将来本件土地上に建物(証人倉田本の証言によれば医院兼居宅)を建築する方針であるのに通路が区道(一)のみの場合には建物も建築できず又自動車も出入りできないというが、一般に右の如き建築基準法等の行政法規上の制約ないし物理上の制約の一事のみをもつて直ちに囲繞地通行権の発生を認めることはできないのみならず、上来判示の事実関係からみて、本件の場合、右の如き事由に基づいて原告につき、既に建設を了した公団団地の一部に新たに道路を開設すること等を認容することは、民法の相隣制度の趣旨・理念に照らし、これを肯認することができない。

4  従つて、原告の予備的請求もまた、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三以上の次第であるから、原告の主位的及び予備的請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小谷卓男 飯田敏彦 佐藤陽一)

物件目録〈省略〉

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